
あめの歴史-西洋編-
あめ菓子のルーツを探るのは、甘美の歴史を知るうえでも重要なカギと言えます。
今回は日本に続き、世界の各地でキャンディがどのように親しまれてきたのか、巡ってみましょう!
古代エジプトでは、ナツメヤシや果実、動物の乳で菓子のような甘味が作られるようなりました。そして古代ギリシャの時代には、ハチミツや香料で風味付けした柔らかいあめ菓子があったと考えられ、そのルーツは、中央アジアや中国の奥地だと伝えられています。
ローマ時代に入ると、ヨーロッパは領土を拡大するため隣国と激しい戦いを繰り広げます。そんな中でイタリアは、ベネチア・ジェノバ・ナポリ・シチリアを拠点にいち早く、ギリシャや、東方のアラブ、アジアと積極的に交易を開始。ギリシャからはケーキのようなものの作り方、インドからは砂糖、アラブからは胡麻やハチミツ、スパイス等の食材とともにそれを使った料理や菓子のレシピが伝わりました。イタリアでは、新たな食材や香料がもたらされたことで食文化が多いに発展し、フランスなどの周辺国はその影響を受けることとなります。
そして製菓技術がヨーロッパ諸国で進展する大きなきっかけとなったのが、ルネッサンス時代の政略的婚儀。その典型と言えるのが、1533年に執り行われたフィレンツェの名門貴族であるメディチ家の姫カトリーヌ・ド・メディチと、後のフランス王アンリ二世の婚礼です。イタリアから菓子職人を従え、マカロンを持って嫁いだのは有名なお話。ちなみに、南蛮菓子のひとつ、金平糖もこの頃にスペインで誕生しました。
ヨーロッパ各地でそれぞれに飛躍的発展を遂げた菓子は、次第に勢力を持つようになったフランスに集められ、現代の菓子の中核を築いたフランス・ブルボン王朝時代の華々しい文化へと引き継がれていきます。
しかし、当時のフランスでは菓子を口にできるのは富裕層だけでした。それが庶民に浸透したのは、1789年のフランス革命後のこと。王朝や貴族に雇われていた製菓職人が行き場を失い、小さな露店を出したことに始まります。つまり、フランス革命は菓子の革命でもありました。この頃に誕生したのが、砂糖漬けにした果実の皮(ピール)やヌガー、ドロップです。
民族の信仰や、華麗な文化を担ってきた甘味の歴史。その文化と共に種類を増やしてきたキャンディもまた、人々のあこがれだったのでしょうね。
■マカロン
砂糖やアーモンド、ココナッツなどの粉末とメレンゲで作る焼き菓子。表面はサクッとした歯触りで、中は飴感のある菓子でフランスでは最もポピュラー。
■金平糖
室町時代に伝来した、表面が角状に凹凸している小さな球形のあめ菓子。語源はポルトガル語のConfeito(コンフェイト)。
■ヌガー
炒ったアーモンドやクルミなどを、ハチミツや砂糖で練り固めて作る砂糖菓子。古代ギリシャやローマ時代にはすでに存在したと考えられるソフトキャンディ。
■ドロップ
香料を加えた砂糖を種の形に固めたハードキャンディで、「滴り落ちる果実のしずく」が語源と考えられている。日本には江戸時代にオランダ人によって伝来。